2026年、日本の教育現場はひとつの歴史的な転換点を迎えようとしています。文部科学省は、デジタル教科書を現行の「代替教材」という位置づけから見直し、正式な教科書として制度化する方針を固めており、2030年度からの本格導入 Resemomを目指しています。この動きは、単に「紙からデジタルへ」という表面的な話にとどまらず、教育の形そのもの、そして長年にわたって教科書を支えてきた印刷業界の根幹を揺るがす出来事でもあります。今回は、デジタル教科書の今後の使われ方と、紙の教科書印刷を生業としてきた企業のこれからについて、私なりの視点でお伝えしたいと思います。
デジタル教科書は「読む」から「体験する」ものへ
デジタル教科書の特徴は、単に紙の内容を画面に映し出すだけではありません。音声の読み上げや速度変更、図形を指でくるくると回すシミュレーション、英語のネイティブ発音の再生、付箋や書き込み機能など、紙では絶対に実現できないインタラクティブな学びが可能になります。
英語では朗読音声の再生や速度変更が学習者の「聞く・読む・話す」力を高め、算数・数学では立体図形を回転させるシミュレーションが空間把握の理解を助ける Benesseとされており、すでに現場での効果が報告されています。
さらに注目したいのが、多様な学びへの対応力です。発達障害やLDのある子どもたち、あるいは日本語指導が必要な外国籍の児童生徒にとって、ルビ表示の切り替えや文字の拡大・反転表示、読み上げ機能は大きな助けになります。
今後は紙とデジタルを組み合わせた「ハイブリッド教科書」も認められ、各自治体の教育委員会が紙・デジタル・ハイブリッドの3種類から選択できる仕組みになる Nikkei予定です。「一人ひとりに合わせた学び」というスローガンが、いよいよ現実のものとして教室にやってくる時代が来たと言えるでしょう。
教科書印刷という「聖域」が揺らぐとき

一方で、この変化を複雑な思いで見守っている業界があります。教科書印刷に携わってきた印刷会社の方々です。教科書の印刷は、長年にわたって安定した受注が見込めるビジネスでした。しかし、デジタル化の波はその基盤を着実に侵食しています。
デジタル教科書の使用が主流になれば、印刷コストの削減や、おおむね4年ごとに行われている教科書の改訂サイクルの見直しも可能になる Benesseとも指摘されており、印刷需要の長期的な縮小は避けられない流れと言えます。単純に計算しても、全国の小中学生に毎年供給されてきた紙の教科書の部数が減少すれば、製紙会社・印刷会社・物流会社にとっての打撃は計り知れません。
ただし、完全なペーパーレス移行はそう単純ではありません。配信が一時的に停止した場合に備えて印刷機能の実装を検討するなど、供給の安定性確保についても議論されている Jvca状況です。また、通信環境が整っていない家庭や地域への対応、健康面での配慮、紙の一覧性・読書への親しみという「紙ならではの強み」は簡単には代替できません。それでも中長期的なトレンドを見れば、教科書印刷という仕事の縮小は現実として向き合わざるを得ないでしょう。
印刷会社の次の一手——デジタル教科書制作への転身
では、印刷会社はこの波に飲み込まれるだけなのでしょうか。答えは必ずしもそうではありません。注目すべき動きとして、一部の印刷会社はいち早く「デジタル教科書の制作会社」としての転身を進めています。
新村印刷は教科書印刷で培ったノウハウに加え、インタラクティブコンテンツ開発力とデザイン力を自社内に持ち、紙面データの編集からDTP作業・コンテンツ開発まで一括で請け負うサービスを展開しています。 Niimuraまた、大日本印刷では主要教科書会社5社によるデジタル教科書のクラウド配信基盤を構築・運用する役割を担い、教育DXのインフラを支える存在として事業を拡大させています。 Dnp
つまり、「モノを刷る」から「データを作り・届ける」へと業態を変える印刷会社が、すでに生き残りの道を切り拓いているのです。長年にわたって培われた文字組み・レイアウト・品質管理のノウハウは、デジタルコンテンツの制作においても十分に活かせる強みです。ただ、そうした転換ができるのは体力のある大手に限られるという厳しい現実もあります。地方の中小印刷会社が同様のシフトを遂げるためには、人材の再教育・設備投資・取引先の開拓など、越えなければならないハードルが高く積み上がっています。
脅威か好機か
デジタル教科書の正式化という流れは、もはや止められない潮流です。子どもたちの学びをより豊かにするというその目的には、誰も異論を唱えられないでしょう。問題は、その恩恵を子どもたちが十分に受けられるよう制度・環境を整えることと、変化に直面する産業・企業・働く人々をどう支えるかという、二つの課題を同時に解決していくことにあります。
教科書は、明治の学制発布以来150年以上にわたって「紙」という形で子どもたちに届けられてきました。その紙を支えた職人の技術と誇りを、デジタルという新しい器に継承できるかどうか——それが今、印刷業界に問われている本質的な問いではないかと、私は思います。
蛇足ですが、ランドセルもマチが狭くなるかもしれないですね。













