クマ被害と「偽動画」の時代に、私たちはどう向き合うか

クマによる人的被害が全国で相次ぐ中、SNS上では生成AIで作られた「偽のクマ動画」が拡散している――そんなニュースを目にしました。沖縄タイムス+プラス+1

被害の深刻さを伝えるはずの映像の世界に、「フェイク」が平然と紛れ込んでいる。その事実に、私は正直なところ、恐怖よりも先に 強い違和感と虚しさ を覚えます。

「本物っぽい嘘」がタイムラインを埋め尽くす

報道によると、メガソーラーのパネルをクマが次々となぎ倒していく動画など、生成AIで作られたとみられる映像がTikTokやYouTubeで数多く投稿されているといいます。中には、OpenAIの生成AI「Sora」で制作したことを示す透かしが入ったものまであるそうです。沖縄タイムス+プラス

また、クマが犬をくわえて走り去る動画では、コメント欄に「AIじゃないか」という指摘と同時に、

「何でこんなの撮影できたんだろう」
「犬は無事だったのかな」

と、本物の出来事として心配する声 も多く寄せられていたといいます。

ここに、この問題の根深さが表れていると感じました。
「よく見れば不自然」だとしても、短い動画が次々と流れてくるSNSの画面の中では、私たちはいちいち立ち止まって検証しません。忙しい日常の合間に、なんとなく流し見して、「怖い」「ひどい」と感情だけ受け取ってスクロールしてしまう。その積み重ねが、「本物っぽい嘘」に命を与えてしまいます。

被害者がいる現実に、嘘の映像を重ねる残酷さ

クマ被害は「ネタ」でも「コンテンツ」でもありません。実際に命を落とした人、後遺症に苦しむ人、毎日不安の中で暮らしている地域の人たちがいます。

その現実の上に、再生回数やバズを狙った「偽動画」が乗っかっていく。
これは、ただの情報リテラシーの問題を超えて、被害者と現場への二次加害 に近いものだと感じます。

  • 「こんな危険だから山に近づくな」という恐怖を必要以上に煽る
  • 現場を知らない人が、誤ったイメージで地域や職員を責める
  • 行政や専門家の冷静な発信が、派手な偽動画にかき消されていく

本来、私たちが向き合うべきは「実際に起きている被害」と「どう命を守るか」という現実の課題です。ところが、偽動画が増えることで、議論の土台そのものがぐらついてしまう危うさがあります。

「見抜ける人だけが生き残る」社会にしてはいけない

インターネット上の情報を検証している日本ファクトチェックセンターの編集長は、「今はAIで簡単に作れる。事実として受け取ってしまう恐れがある」と警鐘を鳴らしています。沖縄タイムス+プラス+1

このコメントを読んで感じたのは、
「リテラシーの高い一部の人だけが見抜ければいい」という話ではない ということです。

  • 疲れているとき
  • 子どもがなんとなく見ているとき
  • ニュースと娯楽動画が隣り合わせに流れてくるとき

そんな環境の中で、「偽物を見抜けなかったあなたが悪い」と切り捨ててしまったら、多くの人が情報空間からこぼれ落ちます。必要なのは、

  • フェイクを作らないルール
  • 拡散を煽らないプラットフォームの設計
  • 「おかしい」と気づいた人が声を上げやすい空気

といった 社会側の仕組み です。個人の注意力だけに責任を押し付けるのは、あまりにも乱暴です。

私たちにできる「小さなブレーキ」

とはいえ、SNSを使う一人ひとりとして、完全に他人事でもいられません。ニュースを読んで、自分自身に言い聞かせたいと思ったポイントがいくつかあります。

  1. 感情が強く揺れた動画ほど、一拍おく
    「怖い」「ありえない」と感じた瞬間こそ、シェアボタンに指を伸ばす前に深呼吸する。
  2. 出どころと文脈を確認する習慣をつける
    動画単体ではなく、「誰が」「どんな文脈で」出しているのかを見る。ニュースなのか個人の投稿なのか、せめてそこだけでも意識する。
  3. “断言”している情報ほど距離をとる
    「絶対にこうだ」「これが真実だ」といった言い方をしているコンテンツは、いったん斜めから見る。
  4. 子どもや高齢の家族と、一度この話題を共有する
    フェイク動画のニュースそのものを話題にして、「こういうこともあるらしいよ」と会話をしておく。予防接種のようなものだと思っています。

生成AIの「すごさ」を、どこに使うのか

生成AIの技術自体は、映像制作や教育、防災シミュレーションなど、社会の役に立つ場面もたくさんあります。問題は、その力を「人の不安や好奇心を食い物にするため」に使ってしまうこと です。

クマ被害のように、本当に命がかかっているテーマにフェイクを紛れ込ませることは、「技術の悪用」という一言では片付けられない重さがあります。

今回のニュースを読んで、私はあらためて、

  • 「バズるかどうか」ではなく
  • 「誰を守り、誰を傷つける情報か」

という視点で情報を見直したいと思いました。

現場を見ないまま、怒りだけが増幅されないように

クマ被害そのものへの不安や怒りは、決して軽く扱えるものではありません。だからこそ、そこに「偽動画」というノイズが重なることで、私たちの感情だけが不必要にかき乱され、肝心の議論から遠ざかってしまう危険性があります。YouTube

本当に必要なのは、この3つなのかもしれません。

  • 現場の声に耳を傾けること
  • データや専門家の知見をもとに対策を考えること
  • SNSで見た一つの動画だけで、決めつけないこと。決めつけたまま人に拡散しないこと。

「クマ被害、SNSで偽動画が拡散している」というニュースは、単なる“デジタルの話題”ではなく、私たちがどんな現実を信じ、どんな行動を選ぶのか を問うニュースだと感じています。みなさんも、普段いろいろな動画を見ているかと思いますが、どうか気を付けてください。

ABOUT US
アバター画像
アイ・セプトの社長
株式会社プロトクリエイティブ(現 株式会社プロトコーポレーション)で、雑誌やWebサイト、広告などをアートディレクターとしてプロデュース。のちに、お客様の一番近くで仕事をしたいと考え、営業職にジョブチェンジ。
転職先の株式会社ウェブ・ワークス(現 トランス・コスモス株式会社)では、新事業の草分けとしてプロジェクトマネージャーとなり、のちに東海圏と関西圏にある複数拠点をマネジメントするエリアマネージャーと、福岡・札幌圏のアドバイザーを担う。そのほか、人事制度の策定や事業再生にも従事。

2009年7月7日『株式会社アイ・セプト』を設立、代表取締役社長に就任。2019年には北海道上川郡下川町にオフィス、2024年には秋田県秋田市に秋田オフィスを開設し、地域課題の解決に向けて精力的に活動中。